個性2007年05月18日

このブログは6つくらいのカテゴリと、そのどれにも入らない雑文から成っている。それとは別に、mixiでつらつらと雑文を書いたりしていて、加えておはなしを書いているので、私は毎日色々な種類の文章を、商売でもないのに書いている訳だ。

毎日ほとんどコメントもつかず、トラックバックもない中で書いている、静まりかえった水面に向けて淡々と語り続けるようなブログだけれど、たまに、本当にたまに、感想をもらうことがある。まあ相手は大抵知り合いや友達だけれど、反応があるというのはやはり素直にうれしい。
食べ物の話を喜んで読む人もいれば、ヴァナ・ディールの冒険の話を聞く人もいる。読んだ本についての益体もない思惟の流れに感想をくれる人もいるし、旅の話に返事をくれる人もいる。みんなは自分の興味のあるところを読むので、当然それ以外のカテゴリには触れない。
不思議なほど、「いい評判が集中するカテゴリ」というものはなくて、どれもほどほど。「あのエントリーがよかった」と言われるのが重なることさえ、なかったような気がする。
その中で、ふと私は、自分の文章の統一性のなさに立ちすくむことがある。

私の文章というものは、ひどく特徴的らしいけれど、それははっきりと説明できるようなわかりやすい個性ではないようだ。読みやすいという人もいれば読みにくいと顔をしかめる人もいる。綺麗な文章と言われる時もあれば日本語になってないと叱られることもある。そのどれもが正しい気もするし、どれも誤解のような気もする。
私にはわからない。わかっているのは、みんなの目に見える私はそれぞれひどく異なった姿をしているということだけだ。それでもどこかに共通性があるのだろうが。