土壌と農夫2013年05月14日

 昔から、書物とか音楽とか絵画とか映画とか、ええいもう面倒なんで大きく「芸術」とくくってしまうが、それと受け手との関係って何だろうな、と思うことは多々あるのだが。
 で、最近一番自分の中で腑に落ちる関係性の比喩は、「土と農夫」である。

 楽園の時代には、汗して耕さずとも口を開けて待っていれば熟れたバナナやマンゴーやイチジクが自分から落ちてきてくれたのだが、農夫は自らの手足を動かし、耕し、蒔いた種を世話し、あれやこれやと労力を注がねば実りを得ることができない。
 大きな実りをもたらす肥えた土壌、大した努力もなく半端な技術でもそこそこのものが収穫できる土地は確かにある。けれど、「痩せた」土地からも大きな実りを引き出す技術と熱意を持つ農夫もまた、確かに存在する。同じ土地でも、収穫は同じではない。
 また、すぐれた農夫は、どの土にどんな種を植えれば大きな実りがあるのかを判断することができる。水はけの悪い土地にブドウを植えるような、栄養分の多い土地に大豆を植えるような愚かな真似はしない。
 そもそも農夫は、「土を”作る”」と言う。だが彼らは本当の意味で土を「創造する」のではない。土はすでにそこにある、与えられるものだ。彼らは努力によってそれを実りあるものに育てていくことしかできない。だがそれこそが、意義ある営みなのだ。

 芸術は、何もしなくても口に入れれば美味しい砂糖菓子ではない。芸術から何を得て、何を持ち帰ることができるかどうかは、その人の力量と意志にかかっている。
 輪作の工夫によって同じ土地から何年も豊かな実りを享受する農夫もいるし、コントロールされていない焼き畑のように次々土地を渡り歩く人もいる。自分が育てたいものが先にあって、それに合わせて土壌を「改良」する者もいる。土地の方に合わせて、作物を選んでいく者もいる。そしてそれだけ努力をしても、本当に実りが得られるかは、最後まで誰にもわからない。

 という、私の考えは、たぶん鑑賞者にかなり大きな責任を負わせるものなのだと思う。
 ただ、芸術から何かを得る、何かを持ち帰るということは、結局のところ鑑賞者たる自分の力量次第なのだという思考は、常に持っておいた方がいいのだろう。口を開けたらマンゴーが自分から落ちてくるようなことを求めるのであれば、あるいは実りがなかったことを土のせいにして終わりにしたいなら、芸術などという曖昧なものにお金を投じない方がいい。すぐれた農夫でないからと言って、人間として無価値であるという訳ではないのだから。そういう人は、すぐれた商人なりすぐれた役人なり、あるいは他のすぐれた何かを目指せばいいだけのことだ。

 芸術は土壌のようなものだ。何を持って帰ってもらえるかは、基本的に土壌自身の力の及ぶところではない。痩せた土地にもそれを選んで大きく実る植物がある。セイタカアワダチソウが、他の植物を一掃してひたすらに黄色い花で占拠することもある。
 自然そのものの目から、あるいは神のレイヤーから見れば、芸術に善し悪しなどないのだろう。本当は誰だって芸術を作ることができる。難しいのは、特定の作物、特定の農作業にマッチした土壌で在ること、在り続けることの方だ。そしてそれは、たぶん本来は、芸術の存在意義とはあまり関係がない。ただ、人間の手によって開墾不可能な土地が、事実上「役に立たない」ものであるというだけのことで。

 たとえば何かのプロパガンダ用の映画みたいなわかりやすい「芸術」だって、本当に土壌として豊かなものであれば、そこにはプロパガンダ以外の、あるいは以上のものが実るし、すぐれた鑑賞者はまた実際そうするものだろう。芸術作品を、そのメッセージや意図によってのみ判断するのは、あまり意味がない。ヘンデルの「メサイア」を、興福寺の阿修羅像を、「特定の宗教を讃える表現だから駄目」と言う人は愚かである。そう言えば誰もがうなずくだろうが、ではこれが「反原発」だったり「ヒトラー賛美」だったりしたら、どうだろうか。鑑賞者とは、そういうことが試される存在だ。特定の土壌でしか農業ができない農夫でも、別に人間として価値が劣る訳ではないけれど。
 逆に、ある特定の「実り」しかもたらさないのであれば、その実りが甘い葡萄であっても、「痩せた土地」ということなのだろう。くどいが、これもまた、別に痩せた土地が価値がない訳ではないのだが。


 実り豊かな芸術を作ることと、実り豊かな観賞経験を作ることは、接近しているようでいて全く違う活動だ。「芸術を作るのは難しいが、観賞や批評は容易にできる」という誤解は広くはびこっているけれど、実際にはそれらは比較するものではないのだろう。
 結局のところ、「自分の実りに自分で責任を取る」という一文で説明できるような気もするのだが。

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