年末恒例 ― 2006年12月28日
年賀状は旧暦で出すことにしているので、私はプリンター騒動とは無縁である。
むしろ、私の年末はおせち騒動に明け暮れることが多い。その辺はまぁ、本家のサイトの「今日のごはん」辺りでも見てもらえればわかると思うけど、毎年黒豆やきんとんやお煮しめやなますを、律儀に作る訳だ。
だから、毎年このくらいの日に、大量の買い出しのために出かける。
昔は、年末年始ってもっと容赦なく店が休んで、本当に買い物をして食べ物を揃えておかないと、いざその時になってあれが足りない!なんてことがあったような気がする。
私が住んでいる東京の片隅は、最近は大晦日だろうが元旦であろうがお構いなしに営業している店がたくさんあるので、そんな心配はないのだけど、それでも何となく切羽詰まった気分になる。
だから、年末には混雑していても、買い出しに行ってしまう訳だ。
もう仕事納めをしたのか、昼下がりでも男性の姿があちこちに見える。スーツではなく、大抵はタートルネックのセーターやジャージを着こんで、はしゃいでる家族を連れて笑っている。まあ、渋い顔の時もあるけど、きっと家族が色々買い物をしているんだろう。
そういう風景を見ると、本当に、年の瀬なのだなぁと思う。そして不思議な幸福感が空気に満ちているのを感じる。
重たい根菜や瓶や、かさばるカレンダーを抱えてふらふらしながら、駅から伸びる歩道橋を歩いていく。
ペールピンクからパープル、ベビーブルー、そしてダークブルーとグラデーションを展開していく空には、もこもことウールのような雲が浮かび、上弦の月が当たり前のような顔をして佇んでいる。
いつもと同じ空、いつもと同じ雲、いつもと同じ月。だがいつもは歩いていないような人々が、たくさんその下を歩いていく。
そんな町の光景は、いかにも非日常的で、そして幸福そうに見えるのだ。
むしろ、私の年末はおせち騒動に明け暮れることが多い。その辺はまぁ、本家のサイトの「今日のごはん」辺りでも見てもらえればわかると思うけど、毎年黒豆やきんとんやお煮しめやなますを、律儀に作る訳だ。
だから、毎年このくらいの日に、大量の買い出しのために出かける。
昔は、年末年始ってもっと容赦なく店が休んで、本当に買い物をして食べ物を揃えておかないと、いざその時になってあれが足りない!なんてことがあったような気がする。
私が住んでいる東京の片隅は、最近は大晦日だろうが元旦であろうがお構いなしに営業している店がたくさんあるので、そんな心配はないのだけど、それでも何となく切羽詰まった気分になる。
だから、年末には混雑していても、買い出しに行ってしまう訳だ。
もう仕事納めをしたのか、昼下がりでも男性の姿があちこちに見える。スーツではなく、大抵はタートルネックのセーターやジャージを着こんで、はしゃいでる家族を連れて笑っている。まあ、渋い顔の時もあるけど、きっと家族が色々買い物をしているんだろう。
そういう風景を見ると、本当に、年の瀬なのだなぁと思う。そして不思議な幸福感が空気に満ちているのを感じる。
重たい根菜や瓶や、かさばるカレンダーを抱えてふらふらしながら、駅から伸びる歩道橋を歩いていく。
ペールピンクからパープル、ベビーブルー、そしてダークブルーとグラデーションを展開していく空には、もこもことウールのような雲が浮かび、上弦の月が当たり前のような顔をして佇んでいる。
いつもと同じ空、いつもと同じ雲、いつもと同じ月。だがいつもは歩いていないような人々が、たくさんその下を歩いていく。
そんな町の光景は、いかにも非日常的で、そして幸福そうに見えるのだ。
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