美味礼讃2006年12月04日

美味礼讃(上),ブリア-サヴァラン著,関根秀雄・戸部松実訳,1967.8.16.(1994.11.5.第32刷),赤524-1
美味礼讃(下),ブリア-サヴァラン著,関根秀雄・戸部松実訳,1967.9.16.(1981.9.10.第13刷),赤524-2


どんな人間であっても、食について語る時には、自分の属している文化や時代や嗜好、ありていに言えば偏見の影響を受ける。美食通は言うまでもなく、公平と客観性を叩きこまれているはずの学者であっても、それは免れえない。そしてこの本も、決して例外ではない。

サヴァランは獣肉こそが最も人間にとって栄養のある食品であり、魚は人間を好色にする傾向があって、砂糖は文明の生んだ素晴らしい滋養食品で、澱粉はおいしくそれなりに栄養があるが、肥満のもとで人間の勇気を減少させるものだ、等々、現代日本人(おまけにその中でも菜食よりでかなり極端な食嗜好を持つ私)にとっては「???」な「科学的観察」を一生懸命述べている。
だがそれをあげつらっても仕方ない。そういった記述は、食卓でうっかり洩れたげっぷのように上品に無視して、食べ物の真髄を味わうとはどういう心持ちでなされねばならないのかという精神を学ぶのが「おいしい」読み方だろう。原題は「味覚の生理学」となっているが、この本に知識や蘊蓄を期待するのはお門違いというものだ。
特に第二部、様々な食卓に関するエピソードをちりばめた「ヴァリエテ」に入れば、ただただ楽しんでしまうこと間違いない。鮪のオムレツや平目の蒸し物、修道院の庭に生えた「アスパラガス」の顛末など、いかにも19世紀のフランス上流階級の晩餐で語られているような楽しい話である。

ちなみに、サヴァランは革命後のごたごたで命を狙われたため、しばらくアメリカに亡命していた。「ヴァリエテ」の中には、「アメリカ滞在」と題された章があるのだが、ここは章題だけで何と本文がない。「美味礼讃」を読もうと思うようなタイプの人間ならば、この「幻の本文」の意味を、注釈を読むまでもなく感じてしまうだろうけれど。