満足と安全保障感2012年03月01日

 人には自己実現欲求と承認欲求があるのだと言われる、この後者の、「承認欲求」という感覚が私にはよくわからない。
 と言うのも、「欲求」というのは充足されて満足感に至るものだけれど、私にとって承認とは、満足とはあまり(もしかしたら全然)関係のないものだからだ。
 それではあなたには承認欲求(と呼ばれるもの)が全然ないのですかと尋ねられそうだが、さすがにそういう訳ではない。そうではなく、それは私にとって「欲求」ではない、ということである。
 H.S.サリヴァンは人間の追求するものを、欲求が満たされる「満足」と、安全に庇護されている感覚が脅かされる恐怖をなるべく遠ざけようとする「安全保障感」に分類した。イギリスの哲学者ウォーコップの提唱した、「生命行動」と「死回避行動」とほぼ重なる概念だとも指摘されている。
 この分類に重ねてみると、私にとって承認とは、全くと言っていいほど、「安全保障感追求行動」「死回避行動」であろうと思う。なので、そこに欲求も、満足もない。

 私はしばしば、生きるために、死なないために書いていると表現し、それは言葉としては死回避行動のように見えるけれど、基本的には「満足の追求」であり「生命行動」である。書くことが生きること。書くことが生きる理由。それは他者の評価も、存在さえも、究極的にはあまり関係がない。あくまで究極的には、だけれど。
 しかし逆に、私にとって「人に評価してもらうために文章を書く」行為は、安全保障感の追求が多くを占める。もちろん書くこと自体に楽しみや喜びはあるから、全てがそれに占められることはないけれど、安全保障感のウェイトは徐々に重くなっていく。

 それは、呼吸という行動が、新鮮な空気を意識的に胸いっぱい深呼吸する時と、意識すらされないで自律神経にせかされるまま浅く繰り返される時とで、全然違うものになりうるのと似ている。

 私が、およそ誰も見ていないような、滅多にコメントもつかないようなブログや日記を断続的に書き、発表する予定は全くない物語を書き続けていられるのは、それ自体が生命の活動であって、結果は二の次でしかないからだ。ひどい文章、失敗としか言えない無惨な結果でも、私は書く。と言うよりも、そういう時に書いているものにおいて、失敗は存在しないのだ。私は常に何かを得ている。ただ己一人の幸福感であっても。
 ただ、それは全然承認とは関係がない。私が生きている理由は、私一人にしか関係がない。人間が社会によって生きる生物であり、社会に承認された、社会に必要とされることによってのみ生きられる存在なのだとするなら、私が承認されることとは無関係の活動をしている限り、私には生きていてよい理由は存在しないということになる。
 それでは素直に、死回避行動によって、安全保障の追求を目的として、文章を書けばよいではないかという指摘は当然あるだろう。承認を得るために書くべきであると。だがそれは短時間しか続かないことはわかっている。充足が次の行動のエネルギーとなる生命行動と違って、死回避行動の動機付けはそれ自体がエネルギーを生み出さないにも関わらず「充足」がないために終わりがない。それはインプットのない永遠のアウトプットを要求する。いわば血管を切って吹き出た血によって書く文字のようなものだ。短期間ならできる。だが他のところから輸血がない限り継続はできない。そして恐らく、そもそも他者が期待するほどのアウトプットはそもそも生まれない。

 満足を得るために安全保障感を放棄するか、安全保障感を保持するために満足を棚上げするか。たぶん、過去の私の心的世界でその二者択一を迫られた(と少なくとも自分では感じた)瞬間があって、私は前者を選択した。それによって丸裸で放り投げ出された、私の安全保障感は、行き場を失い途方に暮れて、しばしば私に死のイメージを見せるのだろう。
 いずれ何かの幸運があって、この選択をし直す、むしろもっと違う選択肢が揃った選択をすることができる瞬間が来るのかも知れない。来ないのかも知れない。少なくとも、私は今のところ、淡々と自分が死ぬ場面を見ながら、それはそれとして日々、神様と自分以外誰も読まない文章を書き続けるのである。

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