沈滞 ― 2010年04月27日
外出したり、本を読んだり、ゲームをしたり、ごはんを作ったり、そういう「いつもの日常」に戻って、淡々と笑ったり作業をしたりしていますが、心身の隅に疲労とも抑鬱ともつかない何かが沈滞していて、いつもの通りとはいかないものです。
見かけには、あるいはメールや会話をする分には、たぶんさほど変わったことなどなく、普通に見えるのだと思いますけれど。
こういう時は、楽しい集まりでも開催すると気が晴れるのかも知れませんけれど、そういう気力はさすがに沸かず、ぼんやりとしています。
震災の心の傷は、世間が震災のことを取り上げなくなり「忘れ去る」頃に危機が来ると聞いたことがありますが、私の今も、それほどではなくてもちょうど、そんな時期に入っているのかも知れません。
見かけには、あるいはメールや会話をする分には、たぶんさほど変わったことなどなく、普通に見えるのだと思いますけれど。
こういう時は、楽しい集まりでも開催すると気が晴れるのかも知れませんけれど、そういう気力はさすがに沸かず、ぼんやりとしています。
震災の心の傷は、世間が震災のことを取り上げなくなり「忘れ去る」頃に危機が来ると聞いたことがありますが、私の今も、それほどではなくてもちょうど、そんな時期に入っているのかも知れません。
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