猩々蝿2006年08月04日

夏だから、小さな蠅が色んなところからやってきて、色んなところに隠れて、色んなところで増えていく。色んなところで死んでゆくのだろうけど、奥ゆかしい彼らはそこは見せない。
小さい蠅、の正式な名前は知らないけど、たぶんショウジョウバエ辺りなんだろう。彼らを見ると、高校の頃の生物の授業を思い出す。
遺伝の勉強で、彼らを少しだけ扱ったことがある。女子校だったので、クラスメート達は一様に嫌がって金切り声をあげていたけれど、私は全然そんな気分にならなかった。だって、細菌など全くないのがわかりきっている彼らを嫌う理由がどこにある? 姿形だって、どうということはない。よく見れば可愛いものだ。
学校の生物の先生は、授業の前にいきなりこう釘を刺した。
「このハエ達は、無菌状態で生きていますから、実験の前には必ず、必ず手を消毒するように。滅菌していない状態で触ったら、あっという間に全滅します」
そう言われて、私は、自分がいかに細菌を無造作に抱えこんでいるか実感したものだ。そして、瓶の中で飛び回る、透き通った赤みがかった小さな彼らの、はかないという言葉でさえ掬いとれない生命に、胸が痛んだのを覚えている。
だから、生活のために彼らを追い払い殺すのは、今でも気が滅入る仕事のひとつだ。
彼らがうちで生きていかなくて済むように、もっと私がまめまめしく立ち働けばいいのだけれど。そうして私は、色々なものに自分の悪いところを訴えられているような気がして、今日もため息をつくのである。